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平成30年11月23~25日

​古熊天神

御遷座四百年式年大祭

​古熊神社は今年ご遷座400年を迎えます

応安6年(1373)京都の北野天満宮より山口へ天神さまがお祭りされて645年

そして元和4年(1618)、現在の場所に天神さまがお遷りになられて、今年でちょうど400年

式年祭典一覧

11月23日(金・祝)

山口天神祭

11月24日(土)

御神楽の儀

11月25日(日)

御鎮座645年・御遷座400年​式年大祭

山口天神祭

山口天神祭

"山口三大まつり"の一つ、山口天神祭は古熊神社の御神幸祭です。

御神幸祭(ごじんこうさい)とは、神さまがお宮の外に出て市内を巡り、町の様子をご覧になられる神事のことです。

​騎馬の奉仕者、大名行列を復元した備立行列、可愛らしい宝恵籠など、お祭りが始まった頃から変わらない行列で、山口の市内を巡ります。

○JR東海月刊誌「ひととき」11月号(東海道新幹線・山陽新幹線グリーン車搭載誌)にて、山口天神祭の記事が掲載されています。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14196

​11月23日 山口天神祭(御神幸祭)

【 日 時 】

平成30年11月23日(金・祝) 午後1時~4時

【 場 所 】

​古熊神社~山口中心商店街~駅通り

御神楽の儀

式年大祭前日となる24日には、御祭神のお心を慰めるため賑やかな御神楽の儀(みかぐらのぎ)を行います。

​古熊の子供たちが舞う獅子舞と稚児舞の他に、山口市秋穂の赤崎神社の方々による「十二の舞」が奉納されます。

【 日 時 】

平成30年11月24日(土) 午前10時半~正午

【 場 所 】

​古熊神社 山口市古熊一丁目10-3

【 諸注意 】

  • ご奉賛者の方以外は、席に限りがあります

  • ​当日駐車場はございません

​11月24日 御神楽の儀

御神楽の儀

​十二の舞

 ​「十二の舞」は山口市秋穂に鎮座する赤崎神社にて、12年毎の申年の11月にのみ奉納される神楽です。

 十二の舞は、神楽舞・神迎え・王子の舞・岩戸の舞など、文字通り12種類の舞にて構成されており、国家安泰・五穀豊穣を祈念するものです。

 郷土の方々で守り伝えられ、昭和52年に当時の秋穂町無形民俗文化財に指定され、山口市との合併以降、山口市の無形民俗文化財となり、今日に至っています。

​ この度は、長刀荒神の舞・長刀の舞・岩戸の舞の三舞をご奉納いただきます。

御遷座400年式年大祭

御鎮座645年・御遷座400年式年大祭

​11月25日

​御鎮座645年・御遷座400年式年大祭

天神さまが山口にお祭りされて645年、そして古熊の地に遷られてから400年の佳節をお祝いするための祭典です。

「九品(ここのしな)」という特別な神饌(神さまに召し上がっていただくお食事)を供し、神社本庁からのお供え、お祝いの祝詞、玉串の奉納などののち、広島県宮島の嚴島神社によります島外不出の舞楽の奉納をいただき、この式年大祭の結びと致します。

【 日 時 】

平成30年11月25日(日) 午前10時半~正午

【 場 所 】

​古熊神社 山口市古熊一丁目10-3

【 諸注意 】

​当日駐車場はございません

​舞楽「納曾利

嚴島神社と舞楽

 ​島全体が神と崇められた嚴島神社では、平清盛公の時代から舞楽が盛んに奉納されてきました。

 舞楽とは、大陸から渡来した曲と舞で、華やかな王朝文化のなか日本独自に洗練されてきたものです。

 ご奉納いただく曲目は、古代中国の王が軍を指揮するさまを描いた「蘭陵王(らんりょうおう)」、龍が愉快に遊ぶ姿を舞う「納曾利(なそり)」の二曲です。

​舞楽「蘭陵王」

ご由緒

​古熊神社のご由緒

 古熊神社(ふるくまじんじゃ)は、学問の神・菅原道真公とそのお子様である菅原福部童子をお祭りする「山口の天神さま」です。

 菅原道真公が京から太宰府へ御左遷された1年後の延喜2年(902)、お子様である菅原福部童子は父を慕って11歳の身ながら京より太宰府へ向かわれますが、道中の山口にて夏の疫病に罹り、同年8月26日にお亡くなりになられました。不憫に思われた当時の山口の人々によって祠が設けられました。
 その後応安6年(1373)、山口を京のような街にしようと整備を続けておられた大内弘世卿によって、京都の北野天満宮より道真公の御神霊を勧請(かんじょう:神さまの御分霊を頂き違う場所におまつりすること)し、社殿を造り「山口北野天神」という神社名にて御鎮座されました。その際、福部童子の御霊も併せおまつりすることになり、晴れて約500年の時を経て父君と再会いたすこととなったのです。因みに、この頃の社殿は現在地から1㎞ほど離れた、中市町の辺り(現山口井筒屋附近)であったといわれています。

 元和4年(1618)、初代長州藩主である毛利秀就公に御神託があり、同年12月25日に中市町から現在地である古熊の東山の麓に御遷座され、神社名も「今天神宮(いまてんじんぐう)」と改められました。尚、社殿は解体移築されたので、創建当初のままです。

​ 維新間もない明治6年(1873)、法令により現在の社号である 「古熊神社」と改称し、今に至ります。場所や社号は変われど、天神さまと福部さまをお慕いする山口の人々の心は変わらず、今も多くの方々がお参りに訪れます。

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